愛する母の死ー最後までそばにいました。


今朝、7:45頃、母は自宅で息を引き取りました。


夕べからずっと呼吸が浅く、苦しそうでした。


水曜日の訪問診療のとき、そっと先生が私に言いました。


「今週末か、来週には・・・」


それは母の最後のときについてだということは
容易に察しがつきました。


「覚悟は大丈夫ですか?」


「大丈夫です」


痛み止めとして、貼るお薬(医療用麻薬)が処方され、
それを貼ってあげたのですが、ほとんど母は落ち着いて眠る
ことはありませんでした。


ハアハア・・と荒い息遣いが部屋中に響きわたりました。


こんなに苦しんでいる母を今まで見たことがありませんでした。


(もしかすると今日が最後になるかも・・)

母の容態は日々悪化していましたので、先生の
言葉を信じたくてもどこか胸騒ぎがして仕方ありません。


夜中になっても苦しそうな母の呻きに私も
眠る事ができず、母のベッドで添い寝をすることに
しました。


喘ぐ声と苦しげな呼吸をする母に、私はずっと
母のベッドで体をさすってあげたり、
手を握ったりしていました。



静かになったな・・・



医療用麻薬が効いて寝てくれたのかなと思ったら
また静かに短い呼吸を繰り返していました。


そしてまた悲痛な声を伴った呼吸になり、
それがしばらく続きました。

呼吸が少なくなっていき、最後の呼吸の
時が来ました。


ひと呼吸のあと、母が呼吸をしなくなりました。



「もう一回息をしてよ!!」


泣き叫ぶ私の声に兄が飛んできて、「お母さんはまだ死んでない!」

そう言うと母の脈を見始めました。

「もう息をしてない。死んじゃった・・」

泣き叫ぶ私に兄は「まだ生きてるよ!」


みるとかすかに母の喉が動いていました。


そして大きく「はあ・・・」と吸ったあと、
もう動かなくなりました。

「もう一回息をしてよ!!」


「お願いだからもう一回息をしてよ!!」

泣きながら叫び続けましたが、もう二度と母は息を
吹き返しませんでした。


母が死んだ瞬間でした。


訪問看護の看護師の携帯に電話を入れ、
「母がいま亡くなりました」
と報告をしました。


「そうでしたか・・お母さん、よく頑張りましたね。
娘さんも辛かったでしょう。早く行きますので先生が行くまで
そのままにしておいてください」



看護師の指示通り、先生が来るのを待ちました。


先生が死亡確認をしたのが9:16でした。



訪れる人みんなが「綺麗な顔してますね。あまり苦しまなかった
んでしょうね」


というのですが、昨日からずっと母は苦しそうでした。



母は土曜日から話す事ができなかったので、
本当に苦しかったのかどうかは母にしか
わかりません。


号泣という言葉がありますが、私は生まれて初めて
人間ってこんなに泣けるのかな・・と思うくらいの
大きな声で、泣きじゃくりました。


泣き叫ぶと言ったほうがいいくらいの大きな声で。

いくら泣いても涙は枯れることはありません。


冷たくなった母の顔を手で挟みながら、
「もう一回息をしてよ。なんで死んじゃったの。
やっと一緒に暮らせると思ったのに。何でがんで
死ななくてはならないの。もう一回息をしてよ」


「もう一回息をしてよ」

この言葉を何10回いったかわかりません。


もう二度と息をしない母を寂しく見つめました。


よく、「永眠しました」と書く人がいますが、
私は聖書の約束に希望を持っています。


母は永眠したのではなく、一時的な眠り
ついたに過ぎません。


母が再び目を覚ます時が来るのを私は待ちます。


来るべき「楽園」で。


「神は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり、
もはや死はなく、嘆きも叫びも苦痛ももはやない。
以前のものは過ぎ去ったのである」(啓示21:4)。

このエントリーを含むはてなブックマーク Buzzurlにブックマーク livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録

にほんブログ村 小遣いブログ ネットビジネスへ
にほんブログ村

タグ

2013年3月7日 | コメント/トラックバック(8) |

カテゴリー:死の瞬間 母の死

トラックバック&コメント

この投稿のトラックバックURL:

トラックバック

コメント

  1. 蘭さん、お母様のご冥福をお祈り申し上げます。

    蘭さん、お疲れさまでした。

    私が蘭さんと同じ立場だったら、やっぱり同じ事を言ったと

    思いますし、私の母も、いつか、最後の時がきます。

    その時、蘭さんと同じ事を言うと思います。

    蘭さん、お母様は、蘭さんと一緒にいられて、嬉しかったと

    思います。

    蘭さんのブログを拝見していて、私も、涙が止まらなくなって

    しまいました。

    蘭さん、倒れないようにしてくださいね。

  2. より:

    智子さん。

    コメントありがとうございます。

    母とはお互いに意地を張っていた期間が長く、
    ずっと会うこともせず、10年が過ぎてしまっていました。

    でも、どんなに離れていても親子です。

    その空白を埋めたくて、引き取ってからは一生懸命介護をする
    つもりでした。

    なのに全く予想外の「がん宣告」。

    余命3ヶ月とも1ヶ月とも言われ、途方にくれました。
    母は入院中もずっと「お前の家に帰りたい」と言っていました。

    たった2ヶ月弱しか住めなかったですけど、私の家を最後の
    自分の住まいと思い、喜んでくれたこと、それがとても嬉しかったです。

    もっとずっと生きてこの家に住んで欲しかった。
    それがかなわなくなって、とても残念です。

    智子さんもお母様の介護をなさっているということで、
    本当にご苦労も多いかと思いますが、お世話ができるというのは
    重荷ではなく喜びだと私は思います。

    お世話出来ることをどうぞ、幸せに感じて頑張ってください。

    ありがとうございました。

  3. うみうみ より:

    蘭さん  うみうみです。

    今は辛くて、ただ悲しく、涙が出るだけかと思います。

    私もそうでした。
    父の突然のがん宣告。余命1か月。

    本当に突然で、本当に1か月で父はいなくなりました。

    私を本当に愛してくれていた父です。


    「お父さん」「お父さん」の絶叫ばかりで、
    何もできない自分が悔しかった。


    ずっと、ぼーっと父のそばで座っていました。

    すると、まだ幼稚園児の姪が
    「悲しいときは、いっぱい泣いていいんだよ」って・・・

    その言葉で、やっと泣くことができました。

    蘭さん
    いつか、想い出にかわるときがきます。

    それを、素直に受け止めてくださいね。
    蘭さんなら、きっとできます。

    お母様のご冥福をお祈り申し上げます。

    • より:

      うみうみさん。

      コメントありがとうございます。

      今日、母を焼いてお骨にして家に帰ってきました。

      ずっとうちにいたいという母の願いが、こんな形になって・・
      悲しいです。

      今は本当に悲しみと後悔の念に押しつぶされそうです。

      もっと・・してあげてたら・・という気持ちです。

      何をしてあげたとしてもきっと後悔は残ると思うのですが。

      うみうみさんも同じような辛さや悲しみを経験なさったということで、
      お気持ちお察しいたします。

      お父様もうみうみさんともっと一緒にいたかったことだと思います。


      うみうみさんのめいっこさんは正しいです。

      悲しいときは素直に思いっきり泣く事が一番いいんですよ^^

      だから私も泣きたいときは思いっきりなくことにします。

      それが自然の感情ですものね。

      死は敵です。

      人間はいつまでたってもこの悲しみは受け入れることはできないでしょう。

      うみうみさん、ありがとうございました。

      これからもどうぞよろしくお願い致します。

  4. あきら より:

    神のもとへ戻られたお母様のために
    神様が良い席をご用意くださいますように
    神様のご加護がありますように

    • より:

      あきらさん。

      いつもありがとうございます。m(_ _)m

      親をなくすということが、これほど悲しいことだとは
      思ってもみませんでした。

      元気でいるときはそれほど気にもしていなかったのに、
      失ってみて母の大切さがよくわかりました。

      神に信仰を持っていた母ですので、聖書の希望を
      胸に亡くなったと思います。

      母には「おばあちゃん、今度目が覚めるときはまた
      この部屋の天井が見えるかもしれないし、楽園かもしれないし。
      でもどっちにしろ、もう一度目を覚ますことができるのよ」

      と話しました。

      母は楽園で復活するという希望を持って亡くなりました。

      今度は痛みも苦しみもない世界で。

  5. まさき より:

    母上様のご冥福をお祈り致します。

    このような状況下におきましては、
    残された親族の心労も多大ですので、
    蘭様におかれましては、何卒、ご自愛下さい。

    誰にでも平等に訪れる死。
    順番で考えれば、子より親が先なのは、頭では理解できても、
    なかなか、受入れがたく、覚悟もできるものでもありません。
    いつまでも引きずるのは、人間なら当り前の事だと思います。

    しかし、蘭様の生い立ちを考えると、
    信じられない程の成長をされた蘭様に、再度、会う事が許されて、
    母上様は幸せで、それだけで十分だったのではないでしょうか?。

    親孝行という事もあれば、子孝行というのもあると思います。
    煩わすのも酷だと考えられたのでしょう。
    これが、親の真の愛の形なのではないでしょうか?。
    私は、ここに親の偉大さとけなげさを感じてしまいます。
    ここは、ポジティブに受け取って感謝すべきなのかな、と。
    そして、これからも続く自分の命を最大限に燃やして生きていく事が、
    親に恩返しをする事になり、親の思いに答える事になるのかな?と。

    • より:

      まさきさん。

      コメントをいただきありがとうございます。

      >順番で考えれば、子より親が先なのは、頭では理解できても、
      >なかなか、受入れがたく、覚悟もできるものでもありません。
      >いつまでも引きずるのは、人間なら当り前の事だと思います。

      本当にそうですね。
      死というものは受け入れたくないですし、信じたくないです。

      >母上様は幸せで、それだけで十分だったのではないでしょうか?。

      母も短い期間ではありましたが、私の元にいてそれなりに
      満足だったと、思いたいです。

      母の人生が幸せだったのか・・いつも考えてしまいます。

      でも、最後が病死とはいえ、母はほとんどがんの治療も行わず、
      抗がん剤による苦痛も味わうこともなく、手術で弱ることもなかったので、
      自然死なのかな・・と、今ではそれでよかったと思います。

      最後まで頑張って生きてくれたと思います。


コメントをどうぞ

(Spamcheck Enabled)

Spam Protection by WP-SpamFree

このページの先頭へ